平成最後に20歳からの自分を振り返る

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love letter in a craft envelope with a sealing wax seal in the form of a heart on a wooden background. Free space

みなさんこんにちは!テラド(terashin1226)です。

いよいよ2019年を迎えました。平成がもう終わります。

私は今32歳になりましたが、2018年はこれまでの人生の集大成であり、新たな道が見えたような1年でした。

今年はブログを始めた年でもあり、なんだかこれまでの人生を振り返っておきたいなぁと思い、当時の自分に対して手紙を書いてみました。

少しエモいですが、お付き合いくださいませ。

20歳(平成19年)

大学に入学して2年。理系なので割と忙しく過ごしていましたね。

アルバイト代でFenderJapanのテレキャスターを買ったあなた。音楽はずっと君の見方ですよ。

コンビニのバイトで、廃棄した商品を食べていたので人生で最高に太っているみたいですね。健康に悪いのでやめてください。

21歳(平成20年)

コンビニがつぶれることになり、思い切ってずっと興味のあった水泳のコーチを始めました。

毎日怒られていますね。体育会系の世界ですが、大丈夫ですか?

まずそのぷよぷよの体をなんとかしなさい

でもなんだかんだ毎日頑張って働いていますね。えらいぞ。

君の我慢強さだけは認めます。

先輩が卒業して、送別会で大泣きしましたね。泣き上戸この時からですがまだ治ってませんよ。次はあなたが先輩です。しっかり後輩を育ててね。

大学ではほとんど単位取り終えたようですね。来年は卒研だけですか。

地元の友達とバンドをはじめましたね。その付き合いは今も続いていますよ。

…高い学費出してもらったのに、全然大学行ってませんね。。バイトバイトバイトバイト

後にわかることですが、君の父は高卒だったので、工学部に入ったことをこっそり職場の人間に自慢していたみたいですよ。そういえばエンジニアの父に触発されて工学部に入ったんですよね。でも人には向き不向きがあるみたい。

22歳(平成21年)

身長172cm、体重52kg、体脂肪8%。毎日泳いでいたのでムキムキです。災難なことにこの時の体形を将来奥さんになる今の彼女は覚えていますからね。ずっとチクチク言われます。

週5回勤務、夏休み冬休みには短期教室、スケート遠足と課外イベントと働きずめですね。

あなたの愚直なまでに頑固で自分のことを顧みないスタイルは将来身を滅ぼします。そんな忠告聞かないんだろうけど。マスターズクラスも担当していました。素人同然なのに怖いものしらずですね。でもお客さんもしっかりついてますね。あなたの努力です。

ギターも続けていますね。学祭やライブハウスにも数回でました。音作りがくそで、ライブハウスのおっさんにしこたま怒られましたね。

今でも、いい思い出です。

4回生の後期、ゼミには2、3回しか行きませんでしたね。卒研発表のとき「やめたと思ってた」と同期に言われます。

23歳(平成22年)

君はふるさとの大阪を捨てて東京のIT企業に就職しました。

彼女は大阪に残したまま、何か焦ってませんか?何になりたいんですか?

はじめの配属先では毎日ブラウザに向かってポチポチとボタンを押してテストケースを消化する毎日。でも。あんなに頑張っていた水泳のコーチよりお金がもらえます。

「せいしゃいん」って不思議な感覚ですね。

君は軽トラックをレンタルして、同期の友達と一緒に江東区住吉の寮から下北沢に引っ越します。

家賃高いのに、、何を考えていたんですか。その部屋、寝るためにだけに帰るはめになります。

24歳(平成23年)

次の配属先は、WEB開発ではなくメインフレームでの開発になりましたね。

仕事は楽しいみたいですね。ブラウザでポチポチではなくやっとまともな開発ができました。夜中の2時まで残業し先輩とラーメン食べてタクシーで帰る。はたからみたら、完全な社畜です。でも楽しかったね。

3.11

大きな地震が起こりました。

ビルが大きくしなります。必死に机のしたに潜りこんだあなたの脳裏に「死」という言葉が浮かびました。

交通機関が機能停止し、品川駅から歩いて帰りましたよね。あれはつらかったな。

「帰宅難民」ってやつです。

君は携帯の電池が切れた2人の後輩を連れて、GPSを駆使してなんとか下北沢にたどり着きます。下北沢のアパートでは、掛け時計が一つ床に落ちていただけで拍子抜けしました。TVをつけると仙台空港を津波が襲っている映像。君は言葉を失いました。

さて、この年のあなたには、もう一つビックイベントが起こりましたね。

そう、赤ちゃんができたんです。仕事帰りに突然彼女からメールが。

報告があります。子供ができました。」

慌てた君は、すぐに彼女に電話して事実確認をしました。ほんとに子供できたみたい、でもあなたの中で覚悟は決まっていましたね。そういうところだけは立派です。

すぐ母に電話しました。あなたの母はあきれながらも背中を押してくれましたね。

口癖は「柳のように生きていかなあかんよ

自分で子供に言ったことは体現する人です。いつも揺るがない強い母。一方父は大笑いしてました。「でも子供ができたのは、いいことだからな」って。対照的な二人。

「夫婦はどちらからが少しふざけていたほうがいい」これは結婚式のときに送られる、母から言葉です。

でも君は少しふざけすぎるところがあるので、気を付けてね。

ばたばたと結婚式の手はずを整えました。たくさん友人が集まってくれましたよ。君は恵まれてますね。

数日だけ下北沢で奥さんと生活します。おなかの大きい奥さんです、大事にしてあげてね。

縁もゆかりもない世田谷区役所に婚姻届けをだしました。

「今日、出しといたよ。」と奥さんからメール。事務手続きにはあまり執着のない二人。世間的にはめずらしいですかね。

でも、自分たちらしくて好きなエピソードです。

さて君たち「3人」は小さい下北沢のアパートを引き払い国分寺に引っ越します。

新しい生活の、始まりです。

25歳(平成24年)

仕事は順調です。大きな新規プログラムも作りましたね。

あなたのプログラムは1日数億件のトランザクションを処理することになります。少し誇りに思ってもいいんじゃないですか。後輩もたくさんできました。楽しいですね。

飲み会、バーベキュー。仕事仲間は結婚パーティーまで開いてくれます。

1月に生まれた娘の名前は「れいな」。強い女性になってほしいと君が名づけました。心配しないで、誰にでも優しく接することのできる人の痛みがわかる、かわいい女の子に成長しますよ。

そうだ!アレルギーには気を付けてあげて。

幼児用ヨーグルトでアレルギー反応、顔がはれ上がります。新米の親2人、頼る人はいません。すこしビクビク、、

国分寺のアパートが手狭になってきたので、国立にマンション買っちゃいましたね。ふと立ち入った展示場で即決してしまいました。二人とも若かったですね。

え、君が大黒柱ですか。頼りないですね。。

何か浮足だってませんか?大丈夫ですか?相変わらず忙しく、毎日が過ぎていきます。

あなたはこの年人生で最大のトラブルに見舞われます

仕事が終わり帰宅中にフッと気を失うような、感覚を覚えました。

あれ、死ぬかも

3.11のときのような恐怖がよみがえりました。

奥さんと娘の顔が思い浮かびます。

この二人をおいて死ねない。」

こう思った瞬間急に君は胸の苦しさを覚えます。心臓は高鳴り手からは血の気が引いていきます。品川から山手線に乗りましたがとなりの駅ですぐ降りてしまいました。

低血糖かと思い、スポーツドリンクとおにぎりを買い、10秒でたいらげました。

止まらない恐怖心。

心臓はどんどん高鳴ります。

バクバクバクバクバクバクバクバク

なんとか新宿までたどり着きましたが、耐えきれず駅員さんにお願いして救急車を呼びます。

「逃げ出したくなるような恐怖」と「死んでしまうんじゃないかという恐怖」があなたを支配していました。

これから長年お付き合いするパニック障害との最初の出会いです。

救急病院での診断はまさかの異常なし。あなたは首をかしげながらも、異常がないということで少し落ち着きます。なんとか自宅にたどりついたあなたは、まだ収まらない恐怖心と戦いながら、奥さんに手をつないでもらって寝ました。朝まで眠れませんでした。

翌朝当時すでに介護職を再開していた奥さんのもってた精神障害に関するテキストを手に取ったあなた。

「パニック障害、、これか、、」

自分の病気を理解したとたん、あなたの心はすっと晴れました。会社の人にも報告せず、翌日からまた慌ただしい日々に戻ります。

80人くらいの新卒対象の新人教育も担当しましたね。「教育室長」だって。無理でしょ。

あなたの心はこのころからちょっとずつ苦しくなっていました。

26歳(平成25年)

あなたは4年間いたチームを異動しました。

なんと国立からお台場への通勤。通勤には最強と言われる埼京線、君はよく耐えられましたね。今の僕には絶対たえられないです。

Javaなんてやったことないのに要件定義できるんですか。自ら異動に手をあげたし必死でやっているみたいですけど。なんか頭が全然回りませんね。何が正しいのかまったくわかりません。あなたは人と話すときに口ごもるようになりました。手汗が止まらない時もありました。顔も火照ります。でも風邪ではないみたい。

ある日の帰り道、あなたをまた動機と恐怖心が襲います。パニック障害との再開です。

家にたどりついて、奥さんや子供の顔を見ることなくシャワーに直行したあなた。全然動機が収まらない。「どうしようどうしよう、どんどん苦しくなる。」

でも大丈夫なんとかごまかそう、、

大丈夫、大丈夫、大丈夫、、、、

奥さんの顔を見た瞬間、あなたは泣き崩れました。

「ごめん、、俺もうあかんわ、、ごめん、、ごめん、、」

「大丈夫やって」

状況をなんとなく察した奥さんは、あなたを抱きしめてくれました。

翌日、会社へ連絡し、とりあえずしばらくは様子を見ることに。

ここから、毎日襲ってくる恐怖と戦いました。

首が凝っていると影響するらしい、整形に通ってみる。生活習慣を整える。鉄分が足りないと、ダメ!?セロトニン?日光??精神的なストレス???運動不足????やれることは全部やりました。

でも強情な君は、一切薬を飲みませんでしたね。

いや、発作がひどいときに頓服薬1回だけ飲んだことがあったっけ。。

毎日多摩川まで散歩に行きます。保育園が休みの日には娘とよく小学校にあるブランコに遊びにいったり、公園に行ったり、少しずつ元気になりました。

君が少しずつでも外に踏み出したおかげで、今の僕がいます。

2ヶ月休職する決意をしたあと、久しぶりに父に電話したあなた。

「慎(しん)、大丈夫か?」

「うん、まあ大丈夫。とりあえず休職するわ。」

それが、あなたと父の最後の会話になります。

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「慎也、おとうさんもうあかんみたい、、」

ある日の夜に突然母からの電話。声が震えている。電話口で母から姉に代わる。

「慎也?お父さん、出張先で倒れたみたい。くも膜下出血みたい。とりあえずまた電話する!」と切れる。

ひとまず奥さんに報告。「おやじ、なんか仕事先で倒れたみたいまあ、大丈夫やと思うけど。」

また母から電話。

「お父さん、やっぱりあかんみたい。」

またすぐ姉に代わる。

「まだわからんけど、もうかなりやばいみたい、、脳がパンパンに腫れてるみたいで、、帰ってこれる?」

姉に言われた住所を、震えた手で書き留める。「まだわからんからな!俺らがしっかりせな!」言いながら、ボロボロ涙がこぼれた。となりで背中をさすってくれる奥さん。

現金を握りしめて、夜7時に丹波の山奥に向けて東京から出発する。

新幹線でひたすら検索を繰り返す君。

くも膜下出血 奇跡

くも膜下出血 助かる

くも膜下出血 復活

くも膜下出血 リハビリ

過ぎているのか止まっているのか不思議な感覚。なんとか終電に間に合い、丹波の病院へ。えらい山奥。

薄暗い廊下を抜けると、姉と母が現れる。

「久しぶり。大丈夫?帰れてよかった。こっちこっち」

「うん。」

姉に案内され、ICUへ。

カーテンに囲われたベッドの中に、180センチの巨躯が横たわっていた。5秒に1回くらいその巨躯は大きく痙攣し、ベッドから体が跳ね上がる

「ギッギッギッギッ」

ベッドのきしむ音が夜中の病室に響く。夢を見ているようだろうけど、それは間違いなく君の父親です。

「、、、、お父さん、、」

とりあえず、泣きながら呼びかけ続けるしかなかった。

27歳(平成26年)

父は脳死にはいたらず自発呼吸が再開したため、大阪の病院にドクターヘリで搬送されました。完全に寝たきりで会話もできない

拘縮で硬くなっていく手足。

とりあえず、血管にあった動脈瘤(こぶ)は、コイルで埋めてしまう手術をした。胃ろうにもしてもらった。

家族としてやれることはやった。でも、以前の父に戻ることはないってさ。嘘みたい。

父の職場のみなさんが、お見舞いに来てくれた。

「ほんと寡黙な人で。」

「蒸気タービンの技術で、〇〇さんの横に出る人はいなかったです。だから今現場も大変です。。」

「息子さんの話は、よくされてましたよ。東京のほうに行かれてるって。」

父の後輩の方によると車を運転中いきなり路肩に止まったみたい。おそらく一度軽い出血を起こしていたんだろう、と。

一度救急車を呼んだが「大丈夫」と救急車を返してしまったみたい。強情なところは君によくにていますね。

事務所に帰ったあと二度目の出血。この時には体が痙攣していてもう手遅れの状態。蘇生はしたけれど、酸素が脳に行かず蘇生後脳症で寝たきり状態らしい。

状況が落ち着いてきて、君は介護の仕事を始めます。奥さんの勤めている会社の違う支店で働いてみませんかと紹介してます。もう少し休んでいたかったけど、奥さんが早く出たほうがいいと背中をおしてくれます。

発作はあるみたいだけどもう大丈夫。これまでよく耐えました。

仕事を始めてどんどん自信をつけていく君。

「寺戸くん、向いてるんじゃない?」

人をケアする仕事、君には向いているみたい。だってストレスになるくらい人の痛みには敏感だから。

28歳(平成27年)

君は奥さんと同じ事業所で働くことになります。びっくりしたでしょう。

めちゃくちゃ働きましたね。「夫婦でやっているデイサービス」は評判でしたね。稼働率は90%を超えて夫婦でめちゃくちゃ働きました。

「そのうち独立するの?」なんてよく言われてまんざらでもない君。また少しずつ充実してきた君の人生。

娘は風邪もほとんどひかず親孝行な子。どんどん大きくなりました。

そういえばすっかり発作も起きなくなったね。もう大丈夫。

29歳(平成28年)

さあ、一人だちのときです。

埼玉に異動した君は、管理者として奔走します。ご家族やケアマネさんにたくさん怒られましたね。でも最後には認められます。

大事な大事な利用者さんをお看取りもしましたね。介護という仕事のすばらしさをあなたは実感します。自分に役割があることが、幸せでした。

スタッフもどんどん増えて、10人以上の大所帯に。

でも強くなったあなたにはだんだんと介護の現場が窮屈になってきます。

名ばかり管理者で残業代がでない、調べると他にも色々と労働基準法違反。君は決意して会社と喧嘩しました。今振り返ると少しやりすぎですよ。君は一度進みだすと止まりませんから。

少し反省してください。「うまいことやる」ことも人生では必要です。でも君が動いたことで職場環境が少し改善されました。

そして奥さんと一緒に大阪に帰る決意をします。それがいいと思います。

母の様子が最近おかしい、かなり忘れっぽくなったみたい。

人に会うことが不安でたまらないようです。柳のように強かった母も、父が倒れたことでどうやらパキッと折れてしまったみたい。

次は君が支える番です。

30歳(平成29年)

利用者さんを残すのは心残りだったけど、会社の方針にどうしても耐えられなかった君は早期の離脱を覚悟します。

事業所についての引継ぎを終え、君はまた次の人生を歩むための準備をはじめました。

気づけばもう30歳ですか。

勢いで買ったマンションはなんと高値で売れます。テンションがあがる君。

「やっぱり大阪帰れってことか!宇宙が後押ししてる~~~!!」

落ち着け、あほか。まずは職探しだろ。

少しだけ強くなったあなたは何かにチャレンジしたいと思っています。

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「大阪、今中途採用募集してるけど」

一足先に大阪に帰っていたIT企業時代の同期からのLINEが入る。

「お前、、すごいタイミングやな」

もう一回チャレンジしてみろってことか?心の中で、つぶやく君。

さあ、帰ろう!

なにかを失った時の苦しみを、君はよくわかってるよね。また働けることを幸せに思う。

何かを失ってしまい大変な人をもっともっと助けられるように、もっともっと力をつけよう。今まで支えてくれた人たちに、恩返ししないと。

31歳(平成30年)

IT企業に戻ったあなた。勘を戻すためと東京で1ヶ月だけ支援に行くことになります。

初日からいきなり納期間近のチームに配属になります。上司に言われます。

終わらせることが仕事です。

「この業界、全然変わってない」あなたは愕然としながらも、大阪に帰るまでの我慢…となんとか乗り切り大阪へ。大阪で配属されてからも、顧客の勝手で残業、改善を指摘しても「仕様です」しか返ってこない。あなたは段々と疲弊します。

そしてある日オフィスの階段を上っているとあなたを襲った不安感と動機。パニック障害との再会です。

休職期間に入ったあなたはいろいろ思い返します。そこで出した答えは「やっぱり援助職がしたい!

あなたは自分が一番苦しんだ「職」に就くための支援をする仕事に就きます。働きたい職場がないなら自分で作ればいい。

なんと2人目の娘も生まれました、名前は「りこ」。

奥さんと2人の娘。そして若者を支援する新しい仕事。これからあなたの人生はどうなるんだろう。

また10年後、手紙を書くよ。

それまで、さようなら。


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