パニック障害を克服するための基本的な考え方

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みなさんこんにちは。テラド(@terashin1226)です。

突然ですが、「パニック障害」という病気について聞いたことはありますか?

日本では100人のうち3人、約300万人ほどの患者がいる、と言われています。

これだけたくさんの患者さんがいるにもかかわらず、ネット上に有用な情報がなかったり、薬を飲んでいるのによくならない…という話をよく聞くようになってきました。

僕自身がこのパニック障害の患者でした。2014年、26歳の時に発症して大きな発作が起こらなくなるまで3年程かかりました。当時もたくさん情報を集めたのですが、何が有効なのかまったくわかりませんでした。

辛い症状の中、なんとかもがいて進んできた中で見えてきた私なりのパニック障害への向き合い方と克服法を本記事ではシェアしたいと思います。

パニック障害の原因は人それぞれですので、あくまでも一例としてですが、私自身がパニック障害を克服したプロセスを共有することで、少しでもこの病気で苦しむ方が楽になればと思います。

それでは、いってみますね。

パニック障害とは

厚生労働省が公開しているみんなのメンタルヘルスというサイトにこのような図が掲載されています。

パニック障害は「不安障害」の一つです。

「不安障害」というのは、精神疾患の中で、不安を主症状とする疾患群をまとめた名称

と書いてあります。「不安」がどのように表れるかによって、さらに疾患が分類されています。例えば不安から「過度な手洗い」に代表される潔癖症に近い症状が現れると「強迫性障害」に分類される、といった形です。

では、どのような症状が出れば「パニック障害」に分類されるのでしょう。

パニック障害の症状

「みんなのメンタルヘルス」から抜粋しますが、不安から下記のような「パニック発作」が起こるとパニック障害であると診断されます。

パニック障害かどうかを決めるための第一の条件は「予期しない発作」であることです。「パニック発作」はパニック障害の特徴的な症状で、急性・突発性の不安の発作です。突然の激しい動悸、胸苦しさ、息苦しさ、めまいなどの身体症状を伴った強い不安に襲われるもので、多くの場合、患者さんは心臓発作ではないか、死んでしまうのではないかなどと考え、救急車で病院へかけつけます。しかし症状は病院に着いたころにはほとんどおさまっていて、検査などでもとくに異常はみられません。そのまま帰宅しますが、数日を置かずまた発作を繰り返します。

私自身は最初にパニック発作をおこしたときは実際に心臓の病気だと思って、新宿駅で駅員室に駆け込んで救急車を呼んでもらいました

パニック発作のほかに

  • 予期不安… また発作が起こるのではないかという心配が続く症状
  • 広場恐怖… パニック発作が起きた時、そこから逃れられない、あるいは助けが得られないような場所(一人での外出、乗り物に乗る、人混み、行列に並ぶ、橋の上、高速道路、美容院へ行く、歯医者にかかる、劇場、会議など)や状況を恐れ避ける症状

という2つの症状が併発していることがほとんどだと言われています。

電車に乗れない、歯医者、美容院にもいけない、行けたとしても発作が起きてしまう。このように生活するにも困難が生じてしまう病気でもあります。

パニック障害の起こるメカニズム

発症直後に情報収集をしていて一番困ったことは「不安障害の原因は、まだ十分には解明されていません。」と書かれていることです。大まかに以下の3つが原因とされています。

  • 脳機能異常 … 大脳辺縁系にある扁桃体を中心とした「恐怖神経回路」の過活動
  • 心理的要因 … ストレスが多い生活や、過去のトラウマ
  • 社会的要因 … 昇進、転職、結婚・離婚など社会的な立場の変化

ただし、この先研究が進んだとしてもパニック障害の原因はこれだ!と言い切ることは難しいと思います。原因が解明されていない、のではなく、これらが3つが複雑に絡み合っており原因は個人によって千差万別です。

僕自身は、自律神経の失調が大きく影響する病気だと感じています。

パニック障害から回復するためにはストレスがない生活を送り、パニック発作を誘発しない環境を作ることが一番大事だと思っています。

パニック障害発症から発作が起こらなくなるまで

ここからは私自身のストーリーをお話ししていきます。すぐ対応策が知りたい方は、飛ばしてもらって次の章からご覧になってください。

突然やってきた恐怖と動悸

私はとある会社でシステムエンジニアをしていましたが、2014年、100名近い新入社員の研修担当となっており、普段の開発業務もしながら研修の準備に取り組んでいました。

当時、私は26歳で結婚しており、長女が1歳でした。「家族を支えていかないとはいけない」と前のめりになっていたと思います。

しかし、仕事では自身のスキルと、思い描いていたエンジニア像が大きく差が開いていました。毎日が楽しく感じられずに自分のできないことばかりにフォーカスするようになっていました。

結婚による社会的立場の変化と、理想と現実のギャップにストレスを感じていたと思います。

当時勤務地だった品川から山手線に乗ろうと階段を下りていた時にめまいがして、その瞬間「死ぬかもしれない」という恐怖と、妻と長女の顔が思い浮かびました

その後すぐに突然の息苦しさと動悸に襲われました。そのまま電車に乗ったのですが時間が経っても息切れが治らず、隣の大崎駅で降りておにぎりとスポーツドリンクを買って一気に平らげました。なんとか新宿駅までたどり着いたところでこの息苦しさはおかしい、心臓の病気かもしれないと恐怖の中で駅員さんに救急車を呼んでもらいました

駅員さんは「確かに顔真っ白ですね、大丈夫ですか」とすぐに対応してくださいました。

救急病院での検査結果は「異状なし」

救急病院に運ばれ、血液検査をしたけど、異常なし。数分置きに動悸と恐怖が襲ってきてナースコールを押してしまう始末、「確かに脈は速いですね」と声はかけられるものの、検査結果は異常なし。

「精神的なものでしょうか?」と聞くも「いや、そんなことはないよ」とドクターからの返答。少し状態が落ち着いたころにタクシーで帰宅しました。

帰宅後も発作が襲ってきて、妻に手を握ってもらいながら眠れない夜を過ごしました。

自分では精神的な疾患じゃないかと疑っていて、介護士である妻が持っていた本を眺めていました。自分の症状と「パニック障害」という病気がまったく同じ症状でした。

「これや…」

と、原因が心臓ではなく精神的な疾患だと気づいた瞬間に心が楽になったのを覚えています。家にこの本(パニック障害の情報)がなかったら、原因がわからずに苦しみ続けていたかもしれません。

その後、会社に報告することもなく、再び慌ただしい日常に戻っていきました。

見逃した身体の不調、また起きてしまった大きなパニック発作

2014年の夏頃、私はチームを異動しました。自身のスキル不足に不安があり、より高いレベルの現場で自信を鍛えたいと新規プロジェクトに手を上げましたが、秋ごろから徐々に体調が悪くなってきたのを覚えています。

手汗が止まらない、虫歯になる(右奥が3本一気に虫歯になりました)、慢性的な頭痛と身体には様々なサインがでていました。

また、会議に出ても報告がうまくできなくなってきました。何が正しいか判断ができず「何言ってるかわからない」と上司から叱責される始末。今思うと「うつ病」も併発していたのだと思います。

そしてある日の帰り道、また大きなパニック発作が起こりました。その後上司とも相談の上、休職することにしました。休職期間中、さらに不幸が重なり父がくも膜下出血で倒れてしまいました。

システムエンジニアの仕事を続けていける精神状態ではなくなり、退職を決意しました。

「少しの無理」が結果的に回復を早めた

家事・育児をやらざるを得なかったことで、行動が続けられた

2度目のパニック発作の後、近くの精神科に行きましたが、自分自身がパニック障害とわかっていましたので、その前提で話しました。

診断名はそのまま「パニック障害」となり、処方された薬は「パキシル」と頓服用で「ワイパックス」。当時、薬に抵抗があった私は、3日ほどで服用を辞めてしまいました。パキシルは飲まず、ワイパックスだけをお守り替わりに持つようにしていました。

ただし、薬が有効に働く場合もあります。医療利用に関しては、あまり私の真似せずお医者さんと相談の上、減薬などもしていってください。

1月初旬~2月末まで休職、当時妻は介護職として働いていましたので、何かできることはやろうと

  • 長女の保育園への送り迎え
  • 家事全般

は、やっていました。比較的「広場恐怖」は少ないほうで、電車での遠出は避けていたものの外出自体はできました。発作が起こることへの恐怖=予期不安はありましたが、上記に加えて体力を落としたくなかったので、娘を保育園に送ったその流れで、散歩をしていました。

今思うと、朝日光を浴びることと散歩(リズム運動)という、セロトニン(脳内物質)を増やすことのできる行動を偶然にして行っていました。セロトニンが増えることで副交感神経が優位になり、よく睡眠が取れたり、精神が安定するそうです。

発症から間を開けず、行動を開始できたことが回復を早められた要因だったと思います。もちろん、広場恐怖が強い人は外に出ること自体がストレス要因となりますので、お医者さんとの相談のもと、行動を始めていただきたいと思います。

リハビリ替わりにはじめた介護職、価値観が変わった

2月末に退職しましたが、当時マンションのローンもあり、すぐいでも働きだす必要がありました。リハビリとして、妻の働いていた施設に声をかけてもらい、介護職を始めることにしました。

今まではずっとシステムエンジニアの仕事をしており、福祉の仕事、ましてや高齢者の方に触れるお仕事なんて全く縁がありませんでした。

これまでなりたい自分と、現実の自分に苦しんでいた私ですが、まったくの未知の分野、しかも周りのスタッフは自分の親ぐらいの年代の方たちです。

できなくて当たり前だ

と、これまでの人生をリセットして割り切ることができました。

偶然にも当時一番のストレスであった「理想の自分と、現実の自分のギャップ」から解放されたんです。

通勤中や、宿直中にパニック発作が起こることはありました。正直、精神的につらい時期もありましたが、一番のストレスから解放されたためか、徐々に発作の頻度が減っていき、気づいたころには発作が起こらなくなっていました。

パニック障害の基本的な対応方法

パニック障害に対する基本的な行動についてお話ししていきます。

パニック発作を起こして退職した後の行動を振り返ってみると、知らずのうちに「認知行動療法」と言われる治療法に即した行動をとっていたことに最近気づきました。

認知行動療法についてお話ししたいと思います。

認知行動療法とは

認知行動療法とは一体何なのか。

認知功労療法センターのページから抜粋すると

認知療法・認知行動療法は、認知に働きかけて気持ちを楽にする精神療法(心理療法)の一種です。認知は、ものの受け取り方や考え方という意味です。

休職や転職など現実的な環境調整に加えて、「あなたの考えていることって、本当にそうなの?」と疑っていき、世界の捉え方を変えることでストレスに対応しましょうという療法です。

認知行動療法の流れ

認知行動療法は「認知療法」と「行動療法」に分かれています。

認知療法

認知療法では、以下の流れで思考を整理していきます。

1 なにが起こったか
2 その時に、どんな気持ちだったか
3 どのような考えが思い浮かんだか(自動思考)
4 そのように考えたのは〇〇という事実があったからだ(根拠)
5 〇〇という事実もあった(反証)
6 根拠と反証を「しかし」で繋ぐ

パニック障害は「発作はこれが原因で、発作が起きたんだ」という思い込み=自動思考が強化された状態にあります。

この自動思考をゆっくりと解きほぐしていくことがパニック障害治療の基本姿勢となります。

例えば、「電車に乗る」→「発作が起きる」という自動思考です。でもこれって本当なの「?」と疑うところから始めます。

「この時はワイパックスを忘れてしまったので、それが不安になっていたなぁ」と発想を転換します。

電車に乗ったら発作が起きて怖い思いをした。その時は、電車に乗ったから発作が起きてしまったと考えた。しかし、ワイパックスを忘れてしまって不安が高まってしまったという事実もあった。

このようにパニック発作を誘発しにくい認知のプロセスを作りだすのが認知療法です。

私自身のストーリーを思い出してほしいのですが、一番最初にパニック発作が起きたときに、「認知療法」を行っていたのがわかりますか?

「駅で急に苦しくなった」→「心臓の病気かもしれないと思った」→「しかし、パニック障害という精神的な疾病という可能性もある」このように認知を変えたことで、一時的に発作がでなくなりました。その後のストレス対処ができていなかったので結果的に再発はしてしまいましたが、認知を変えることでストレスが一気に解消されることを実体験として学びました。

行動療法

次に、行動療法について説明します。

行動療法には複数種類があるのですが、代表的なのものはエクスポージャー法(暴露療法)です。

認知療法でパニック発作を誘発しにくい土台を作ったら、スモールステップで行動を開始します。

電車であれば、「一駅分だけ乗ってみる」など小さな目標を設定して行動していきます。ここで重要なのは、疲れやストレスを感じたらとにかく一旦休むということです。

ストレスを発生させないのが、パニック障害を治療する上では土台となります。

認知療法でも、行動療法でも、とにかくストレスを感じたり、パニック発作が起きてしまったら一時的に休息する、回復したらまた行動を始める、この繰り返しで少しずつ良くなっていきます。

回復することを焦らず、ゆっくり進んでいくことが結果的に治癒が早まると考えています。

認知療法実施時のコツ

ここでは少しでもみなさんのストレスが変わればと思い、私自身がパニック障害になってから認知を変えたことについて例を挙げてみます。

  • 「人より優れて見られたい」 → 「下に見られてなんぼ。そのほうがいくつになっても成長できる」
  • 「同じ仕事を続けていかなくてはいけない」 → 「今は変化の時代だから、色々やったほうが強みになる」
  • 「エンジニアとしては底辺」 → 「ほかの業界にいけばIT人材」
  • 「転職が多い」 → 「色々興味をもてる人材になろう」
  • 「社会はクソみたいな人間だらけ」 → 「課題だらけでハッカブル(解決のしがいがある)」

人間の一番のストレッサーは「理想の自分と、現実の自分との差」です。この差があればあるほど、自分に否定的になってしまいます。

その「理想」はあなたが本当に思い描いているものでしょうか?他の誰かから要求されている自己像ではありませんか?

パニック障害の本質には「いかに自分らしい生き方を選択することができるか」という大きなテーマが隠れている、そんな風に考えています。

行動療法実施時のコツ

行動療法を実施するときには、パニック発作が起きたときに取る具体的な行動を用意しておくことが重要です。

私であれば、「ワイパックスとペットボトルの水」は必ず用意して外出していました。

「パニック発作が起きたらどうしよう…」という不安が、「パニック発作が起きたらワイパックスをすぐ飲んで休もう」という認知に変わります。

家族と一緒に外出訓練をしてしまうというのも安心材料になるかもしれません。ただ、私の場合はパニックになっているところを見せたくなく、それが逆にストレスになるので一人で外出訓練をしていました。

ここは人によって違いますので、自分の軸で「ストレスにならない行動」を選んでください

周りの人にしてほしいサポート

パートナーや周りの友人がパニック障害だという人も多いのではないでしょうか。

私自身が周りの人に、求めていたこと、こうしてくれたらありがたかったということをお話しします。

  • 自分のペースに合わせてくれる
  • 挑戦に寄り添ってくれる
  • 一緒に人生を考えなおす

パニック障害の方は、地獄のような苦しみの中にいます。パニック発作はほんとにつらいですし、これから治るのかわからない不安の中にいます。そのことを一番に理解してください。

そして、患者さんの多くが今の人生と現実に大きな差を感じていると思ってください。病気を治すというより、「この人の理想の生き方って何なのだろう」と一緒に考えてほしいのです。

結果として、それがストレスを取り除き、パニック障害の治療にも繋がっていきます。

パニック障害は常に隣にいる「センサー」と思うこと

最後に。

びっくりされるかもしれませんが、パニック障害に「完治」はありません。

私自身、疲労が重なったりストレスが増えると未だに軽い発作がでることもあります

以下のようなことに常に気を付けて、自分の感情や身体の不調にフタをしないことを心がけてください。

この記事を読んでくださった方、またパートナーの方のパニック障害が少しでもよい方向に向かうことを願っています。

  • 体調のサインを見逃さず、早めに対処する
    →喉の締め付けや乾いた感じ、首の凝り、手汗、期外収縮(脈が飛ぶ)を多く感じたら迷いなく休む、体のサインを無視しない

  • 身体や感情にフタをしない
    →「不快感」と「感情」がストレスを感じていることのヒントになる

  • カフェイン摂取を控える
    →交感神経を活発にしないため。ただし無理に我慢せず、マイルールを決める(1日コーヒー2杯など)

  • 自分の状況を客観視するツールをもつ
    →私自身は発作起きたとき、アプリで脈計測してました。「あー脈拍150や」と笑。少しでも今の状況を客観視するだけで、「心臓はしっかり動いてるから大丈夫だ」と落ち着くことができました。

  • パニック障害をオープンにできる職場に就労した
    →面接で「実は過去にパニック障害になって…」と話してました。「それで落とす会社には逆に行かない」と割り切りました。発作が起こることはほぼありませんが、もし起こったとしても大丈夫と安心して働くことができています。

それでは、最後までお読みいただきありがとうございました!


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